ホームレス大学生 田村研一(著)
今週から、「本学」講座ブログでは、弊社の社員の読んだ本と記事を掲載します。
200万部超えの大ベストセラー
【ホームレス中学生】の10月映画公開に併せてか
麒麟・田村裕氏の兄である田村研一氏が長兄目線で
『解散』当時大学生だった頃のことを振り返り書いた
もうひとつのストーリー。
読み終えて、1年前に読んだホームレス中学生を
この機会に再度読み返してみて、一番に感じたのは
兄と弟、芸人と一般人の違いからか
ホームレス中学生は読んでいて、悲惨な状況ながらも
随所にクスクスゲラゲラ笑えるところがあるのに対し、
ホームレス大学生はあまり笑えるところがない。。
それだけお兄さんの置かれていた状況や長男としての立場が
過酷だったのかなと感じました。
だからこその真実味に迫った一冊だとも言えると思います。
< 印象的な言葉 >
~公園生活開始~
公園の草やダンボールを食していた弟と較べると
当時大学一年生でコンビニのバイトをしていたこともあり
食事の面(賞味期限切れの弁当やパンを貰えた)等では
多少恵まれてた?ようですが、
普通の大学生とは比較にならないほどの酷い生活。
そんな中、まだ大学の夏休みを迎えていなかった為、
大学へ向かう電車のなかで腰を下ろすソファに座って眠る
至福の時間のことをこんな風に綴っています。
『この頃、僕が寝ていたのは公園のベンチか「たこ」の遊具。
そのどちらもカッチカッチに硬かったため、
電車の座席ですら超高級ソファのように思えたのだ。』『今までならなんとも思わないことでも、状況が変われば特別なことに思える。』
~弟が呼んだ奇跡~
妹弟に人として当たり前の暮らしをさせたいという思いから
里親に出すことを決意した兄。
しかし弟が当時、居候させてもらっていた川井さんや
周囲の大人たちの計らいで兄弟3人で
一緒に暮らせるようにと家を借りてもらうことになる。
その時のことをこんな風に綴っています。
『今でも、あの時甘えてよかったのかと反芻することがある。
しかし、それしかなかったとも思う。
ここは、ゴールではなく、あくまで、スタートライン。『公園生活は抜け出せても、貧乏生活はまだまだ続く。』
~今までを振り返って~
『川井さんは大人になった僕に会う度にこう言った。
「あの時、三人とも明るかったのが救いやったね。」
当時はそんなこと思いもしなかった。明るくふるまっている気もなかった。
若さゆえにことの重大さを理解しきれなかったから、
そして不幸だと感じることがなかったから、
明るくいられたのだと思う。
川井さんなしでは今の僕らは存在し得なかった。
それに、このような温かい人たちに囲まれた僕たちが、不幸なはずがない。』『母の死を乗り越え、命の尊さを知った。
公園生活を乗り越え、当たり前のことが幸せであることを知った。
いろんな方の支えで、生きていられることを知った。
これからの人生、いかなる困難にみまわれても、乗り越えていけそうな気がしている。』
< ホームレス中学生にはない記述 >
ホームレス中学生が社会現象になったことで実現した
~親父との再会、家族の集結~
テレビ番組の企画がきっかけとなって昨年、十四年ぶりに父親との再会を果たした。
その際にホームレス中学生を父親に手渡したのだが、
その後の反応がやっぱり親父だったんだなと感じさせる。
『「どこそこの本屋で一位やった」とか、
「ある本屋では山積みに置いてくれてた」などと、
『ホームレス中学生』の営業マンのごとく報告してくれた。
弟の活躍を自分のことのように喜んでいる親父の姿がほほえましく、
そのはしゃぎっぷりは子供のようだった。』
< ホームレス中学生と共通している点 >
・非情な『解散』宣言をした父親への恨みごとが全くない点
むしろ、感謝していたということ。
それは母が癌に侵され、献身的に看病する父の姿を見ていたことや
母を亡くした後、自分も癌に侵されながらも仕事や家事に奔走していた父の姿を見ていたから
なのだろうと思うが、自分がもし同じ立場でこの境遇下に置かれたことを想像すると
感謝という感情が起こりうるのだろうかと考えると、この兄弟は本当に凄いなと思いました。
・本の最後の締めくくりが全く同じで、お互いの亡き母への思慕が綴られている。
今時の若い人だとこんなにも赤裸々に母親への愛の讃歌を謳うはちょっと恥ずかしいと思うが、
そんなことを微塵も感じさせないのは、生きている間に本当にいっぱい母親から
愛情を貰ったんだろうなと強く感じました。
< 最後に >
弟のホームレス中学生
長男のホームレス大学生を読んだ限りは
10キロ女ことおねえちゃんのホームレス高校生を
是非読んでみたいなと思いました。
(SIサービス事業部 上田優サブマネージャー)
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